独り言

子供が野良猫を拾いたがるので、お話をした話

いつも行くスーパーの駐輪場には、1匹の猫が住んでいる。

実はこの猫、生後3ヶ月くらいのすごく小さい時に私は一度会ったことがある。
夜中に気分転換のサイクリングをしていたら、心細そうに座る子猫。
声をかけたら逃げてしまったのでそれっきりだったのだが、いつからかすぐ横の駐輪場に段ボールハウスを作ってもらい、猫おばさんに世話をしてもらうようになっていた。

多分、あの時私の腕に抱かれていたら、家の子になっていただろう。

猫は毎日決まった時間に猫おばさんからご飯をもらい、スーパーの従業員や駐輪場の利用客からもそれとなく愛されて、わりとムチムチしている。

次女(10歳)は餌やりはしないものの、猫を見つけると手懐けようといつも一生懸命。
2,3年かかっただろうか。
猫の方もようやく変な子供だが悪い奴ではないと判断したのか、次女が近付いても逃げなくなった。

必要以上に近づくと強烈な攻撃を受けるのだが。

最近、次女がこの猫を拾いたがっている。

既に地域猫として守られているし、万が一ここに住めなくなった場合でも猫おばさんや日頃から可愛がっている人々がどうにかしてくれそうな雰囲気。
猫おばさんは駐輪場を管理する人とも話をしている様で、通りすがりの無責任な餌やりへの注意事項を書いた板を猫ハウスの横に設置したり、夏は虫よけを設置したりと、地域猫の中でも特にきちんと管理されている。

野良でいることのリスクはあるけれど、この子は今わざわざ第三者が手を出すべきではないし、家では到底受け入れられない。

しかし会う度に「あの子を助けたい」という次女。

少し話をした。

受け入れ不可能な我が家の猫事情

まず第一に私の手が空いていないこと。
私は24時間体制で老犬介護中である。

世話は次女がするとか、いくら猫はそれほど手がかからないと言っても先住猫と後輩猫が平和に暮らすまでに相当な時間を要する。

温厚なとらじと甘えん坊のテツ子ですら最初は大変だった。

次女は「チ〇コだった」と言っているが、後日よく見たらこの猫はおそらくメス。

テツ子とはとてもじゃないが、うまくいかないだろう。

私「テツ子が嫌がると思うよ」

次女「でも仲良く出来るよ」

私「ねぇ、次女ちゃんに弟や妹が生まれたらどう?」

次女「クソッ…って思う。やだ。憎たらしい。」

想像しただけで架空の弟妹に憎悪の念を抱いている…。

私「テツ子も末っ子の甘えん坊だから、本当に小さい子猫ならともかく自分と同じくらいの猫が来てとらじと仲良くしたり次女ちゃんがヨシヨシしてるのを見たら嫌で嫌で仕方がないと思わない?」

次女「…思う」

と、その日は諦めた。

しかしまた猫に会うと拾いたがる。

そして次は病気のリスクについて話した。

病気に感染するリスク

とらじとテツ子にはワクチンを打っているとはいえ、万が一この猫が病気にかかっていたら感染のリスクがある。
とらじもテツ子もチヨもノミダニ予防をしていないし、するつもりもない。

病気にかかっていたら、要介護のチヨを抱えて私が猫の通院もする必要がある。
それは非現実的な話である。

それに相応の医療費もかかる。
たみちゃんの腎臓病の治療だけでも新車を買えるくらいかかったというのに、チヨもいて、とらじもテツ子もいて、人間の子供達にもお金がかかるのにとてもじゃないが捻出出来ない。

私「次女ちゃんが獣医さんになるために貯めてるお金使っていい?」

次女「そしたらもっとたくさんの動物が助からなくなっちゃう」

自腹を切る覚悟がないならダメだ。
万が一の医療費を出せないと、迎える前から諦めるようでは飼う資格はない。
医療費だけでなく、飼う以上日常生活を常に快適にしてやるのが飼い主の務めではないか、と話した。

次女は渋々諦めた。

で、次に猫に会ったらまた拾いたがる。

私の昔話をした。

子猫を助けられなかった日のこと

私が子供の頃、徒歩で幼稚園に通っていた。

ある雨の日、母と傘をさして家に帰る途中、生後2ヶ月に満たない子猫がずぶ濡れで鳴いていた。
グーグルマップで見たらまだ残っていた、このレンガの横の低い塀の上。

母は「かわいそうね」と言った。

「かわいそうね」と言ったので、当然拾って助けるのだろうと4歳の私は思ったのだが、母は「あの猫、足もおかしいんじゃないかな?このまま死んじゃうね。」と言った。

母に手を引かれて何も言わずに帰った。

あの猫がどうなったのか分からない。
戻って確かめることもしなかった。

実は私は、この出来事があるまでは動物が好きではあるけれどそこまで執着はなかった。

父が犬を飼い始めたからその犬と仲良くしてたし、幼稚園にアヒルがいたから可愛がっていた。そのくらい。

あの時の母の行動は、戦後生まれの主婦としては一般的な感覚だろうと今となっては理解も出来る。
今と違って私の子供の頃は野良猫も野良犬もとても多かったし。

ただ、4歳の私には重すぎる出来事であった。

その時に「動物を助けられるようになりたい」という気持ちが芽生え、一時は獣医師を目指していたものの実家の家庭環境では私がどんなに努力しても不可能であったために、ただの動物を愛ですぎる私に成長した。

そんな話を次女にした。

「母ちゃんはお母さんになった時、この子達をしっかり育てようっていうことと、この子達がもし生き物を拾ってきた時に『捨ててきなさい』っていうお母さんには絶対にならないって決めたの。でもあの猫はもう守られてる。次女ちゃんには助けられる命が他にあるし、あの子を拾ったら本当に助けないといけない命を助けられなくなるかもしれない。それに自分の限界を見極めないと、結局みんなが不幸になる。誰かを助けるためには自分が倒れたらダメなんだよ。」

と、話したら「拾いたいけど分かったよ。」と、次女。

また次に会った時も拾いたがった。
そりゃそうだ。だって拾いたいんだから。

だけど「あーあ、あの子も、前に〇〇公園にいたあの子も、みんな助けられる獣医さんになりたい。母ちゃんは絶対に老犬介護士になってね。次女ちゃんは獣医さんで、ああいう野良猫を助ける施設も作るから。」と言った次女が、前よりも少し大人に見えた。

次女の夢は獣医さん。
3歳になる前からずっとブレない大きな目標。

たみちゃんが教えてくれたこと、チヨちゃんや猫達、とろつめ姉妹、鳥達、ザッちゃん(ザリガニ)、他のたくさんの生き物達から学んだことをずっと大事にしてほしい。